【決定版】経営戦略論の歴史 History of Corporate Strategy

目次

ざっくりと経営戦略論の歴史を把握する

経営戦略論は時代とともに変化しています。 世の中には○○戦略論が数多くありますがまずは全体像を把握することが大切です。
まずはざっくり経営戦略論の歴史、全史を概観してみましょう。全体像を把握した後に時代とともにどのように変化してきているのか
を学ぶことで時代背景とともに企業に求められるものも変化してきていることが理解できると思います。そうした歴史を学ぶことで
今後将来どのように変化していくかについても知見を得られるようになると思います。

経営戦略論概観

今日実際の企業においても使われている戦略論は以下の5つに大きく分けることができます。

まず戦略はトップが決めてそれに従うべきものなのか、あるいは現場のマネージャーなどが環境変化を読み取ってそれをトップマネジメントにフィードバックすることで策定されるものなのか?という方法論によって大きく分類できます。

「戦略計画学派(プランニング学派)」

戦略とはトップマネジメントによる事前の計画であるとする考え方で1960年代に広がりました。

「創発戦略学派(エマージェンス学派)」

戦略とは現場やミドルマネジメントが現実の状況に応じて考え、トップとの相互作用によって策定するものだとする考え方です。 
1970年代から広がりました。創発戦略学派はフレームワークなども否定します。なぜならば事前に戦略は策定されないとするからです。

一方で戦略計画学派は経営戦略における視点の違いから大きく二つに分類できます。

「ポジショニング学派」

業界ごとに収益性が異なるため、企業は「儲かる業界」で「競争優位なポジションを取る」ことが戦略だとします。
マイケル・ポーターなどが1980年代から主張し、経営戦略の主流になった考え方です。

一方でそうした業界でも個別企業ごとに収益性が異なる点に着眼したのが次の資源ベースすなわちリソースベースト学派です。

「リソースベーストビュー(資源学派)」

人と組織に根ざした強みこそ最も模倣困難なものであり、企業は自社の強みであるコア・コンピタンスを生かして戦うべきだとしました。
コンピタンスとは強みのことですがその中でも特に中心となるものがコアということです。1990年代から大きな支持を得てきています。バーニーやハメルなどが中心となっています。

 その他最新戦略論

2000年以降急激な企業環境の変化に伴い様々な戦略論が群雄割拠しています。たとえばゲーム論的なアプローチやブルーオーシャン戦略、プラットフォーム戦略®、デザイン思考などです。なおプラットフォーム戦略は株式会社ネットストラテジーの登録商標です

経営戦略論の分類についてはヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)カナダ・マギル大学経営大学院教授による「戦略サファリ -戦略マネジメント・コンプリート・ガイドブック」が有名ですがそこでは10のスクール(学派)に分けています。

 戦略サファリ の10スクール(学派)

 第1学派:デザイン・スクール
 第2学派:プランニング・スクール
 第3学派:ポジショニング・スクール
 第4学派:アントレプレナー・スクール
 第5学派:コグニティブ・スクール
 第6学派:ラーニング・スクール
 第7学派:パワー・スクール
 第8学派:カルチャー・スクール
 第9学派:エンバイロメント・スクール
 第10学派:コンフィギュレーション・スクール

以上が現代の主要経営戦略論を概観したものです。
それでは次に経営戦略論の歴史を概観してみましょう!

経営戦略論の歴史 History of Corporate Strategy

紀元前から1930年代まで

孫氏の兵法 紀元前500年頃

約2500年前、中国春秋時代の斉の国に生まれ、呉の将軍となった孫武によるとされる13篇から成る最古の兵法書です。
ナポレオン、ビル・ゲイツ、松下幸之助、米国の国防省などでも愛読されている書籍として知られますね。
内容の多くは戦争での戦い方ですがビジネスの世界にも通じると解釈できるものが数多くあり様々な人が独自の解釈を行っています。

クラウゼヴィッツの戦争論 1832年

カール・フォン・クラウゼヴィッツはナポレオン戦争にプロイセン軍の将校として参加し死後発表された『戦争論』はその後の西欧における戦争の戦略本のバイブルとなりました。

経営学が誕生した時代(1900年頃から1930年代まで)

18世紀後半から 19世紀前半にかけて産業革命以降イギリスにおける技術革新によって、生産活動の機械化・動力化,工場制の普及,産業資本家層と工場労働者の階層の誕生など農村社会から資本主義的工業社会への大転換、すなわち産業革命が起こりました。
当時は作れば売れる時代だったので成功の鍵は資本力があるかどうかでした。やがて工場での劣悪な労働環境から産業資本家層と工場労働者の階層間の争いが激しくなり、産業革命から約100年後に誕生したのがテイラーの科学的管理法で、現代の経営学や生産管理論の基礎とも言われています。

テイラーの科学的管理法の原理(1911年)

科学的管理法(Scientific Management)は、フレデリック・テイラーが20世紀初頭に提唱した労働者管理の方法論です。テイラー・システムとも呼ばれます。テイラーは労働者と原材料などの経営資源をいかに組み合わせることで生産性が高まるのかを鋳物工場で調査し 分業と協業による科学的管理法を発明しました。
それまではひとりで何工程も担当していた工場工程を ライン生産方式によってコストを10分の1以下にまで改善することに成功し作業効率の向上と賃金の増加をもたらしました。
20世紀初頭にフォードがベルトコンベアーを導入することで分業化、流れ作業化を実現しT型フォードと呼ばれる黒一色のみですが壊れにくく比較的低価格の車の世界初の量産化に成功しました。 

アンリ・フェヨール(Henri Fayol)の「産業ならびに一般の管理」(1917年)

フランスの鉱山会社の経営者だったフェヨールは企業活動を技術・商業・財務・保全(人事総務)・会計・経営管理の6つに分類し経営管理の重要性を説きました。さらに経営管理とは計画・組織化・命令・調整・コントロールを回すことだとしました。それらはポーターのバリューチェーン、PDCAサイクルに通じる思想といえます。

エルトン・メイヨー(George Elton Mayo)のホーソン実験 1927年

電話機メーカーのホーソン工場での実験の結果、生産性は労働者の集団心理的側面すなわち感情、モチベーション、プライド、職場の人間関係、信頼関係、対話によって大きな影響を受けることを科学的に実証しました。人間は機械ではないということを明らかにしたもので、現代のリーダーシップ論や人的資源管理に通じるものです。

チェスター・バーナードChester Irving Barnard

『経営者の役割』1938年 アメリカの電話会社社長だったバーナードは組織をシステムであるとし、組織が有効に機能するために重要な3つは①組織の目的の共有②協働意志(モチベーション)③コミュニケーションだとしました。
テイラーと並んで経営学の基礎を作ったと言われています。

ピーター・ドラッカー Peter Ferdinand Drucker 

ドラッカーはマネジメントの概念を世に広めた世界的な思想家文筆家です。マネジメントを経営管理ではなく戦略をも内包する一段高いものとして捉え経営の本質はマーケティングとイノベーションだとしました。企業の目的は顧客の創造である、組織とは個人が自己実現するための手段である、企業は社会などの公益のためにあるなど数々の名言があります。日本でも特に人気がありますね。

経営戦略論Strategic Managementの誕生 1960年代

第二次大戦後勝利したアメリカは1950年代黄金期を迎えます。当時のアメリカは世界の工場として大量生産大量消費を謳歌し世界中から優秀な人材や資本を集めていました。まさにアメリカは夢の国だったのです。
当時の経営の課題は、ヒトや資源などの経営資源をいかに効率化するか等企業内部の問題すなわち経営管理(Management Control)が中心でした。
しかし次第に市場が飽和してくると更なる成長のための新規事業や新市場の開拓、長期の計画の重要性を増してきました。
経営の課題が企業内部のマネジメントから企業外部での戦い方や長期的な将来戦略を考える必要性が出てきたのです。こうして経営戦略論が誕生しました。

イゴール・アンゾフ H. Igor Ansoff, 1918年 – 2002年

 「企業戦略論」Corporate Strategy 1965年 アゾナフは新規事業への進出や多角化の際には自社の強みを生かせる業界に進出すべきであるとして有名なシナジーの概念や成長マトリクスを提唱したことで有名ですが、はじめて長期的な、市場における競争戦略の概念を提唱しました。それまでの企業ではせいぜい2~3年後の将来を予測した計画を立てていただけでしたがアンゾフは戦略の構築や戦略的意思決定の系統的手法を示しました。

アルフレッド チャンドラー 1962年

「組織は戦略に従う」“Strategy and Structure” 1962年 Alfred Chandler  
組織と戦略は密接な関係にあることを説いた「組織は戦略に従う(Structure follows strategy)」で有名なチャンドラーはハーバードビジネススクールの経営史の教授でしたが、事業部制をはじめて提唱したことでも知られます。
すなわち多角化や新規事業に進出する際の組織はその戦略にあわせて設計すべきであると提唱しました。
それは本社の企画部門等の機能部門がすべてを決めるのではなく「事業部制」にすべし、という気運を生み出しコンサルタント達によって広く導入されていきました。

MBAや経営戦略コンサルティング会社の勃興 1960年代

MBA(Master of Business Administration)は、経営について学ぶ職業訓練的な犬学院レベルの修士課程で古くは19世紀末に誕生しました。その後朝鮮戦争などによりマネジメント層の速成が必要とされるようになりこの時代から急速に需要が拡大していきました。
そしてこれらの優秀な学生たちを受け入れて急成長したのが戦略コンサルティングファームと呼ばれるマッキンゼーアンドカンパニーボストンコンサルティンググループです。

マッキンゼーは1926年にシカゴ大学経営学部教授のジェームズ・O・マッキンゼーにより設立されましたが1950年から17年間代表を務めたマーヴィン・バウアーによって戦略コンサルティング会社としての地位を高めていきました。
それまではコンサルティングといえばグレイヘア(白髪のベテラン経営者など)による経験と人脈による企業へのアドバイスでしたが、バウアーは若く優秀なMBA卒業生にデータ分析を基に経営アドバイスを行う新しいコンサルティングスタイルを確立し、流行りの事業部制の導入支援などの組織コンサルティングや企業診断ツールの開発などで急成長しました。日本代表であった大前研一氏は世界的経営コンサルタントとして有名です。

ボストンコンサルティンググループが誕生したのは1963年。ブルース・ヘンダーソンや、後に初代日本支社代表も務めたジェイムズ・アベグレンらによって設立されました。

経営戦略論でもこうしたコンサルタントや学者による新しいフレームワークが次々と提唱されるようになってきます。

SWOT(強み/弱み/機会/脅威) 分析
広く知られるようになったのは、ハーバード・ビジネススクールのケネス・R・アンドルーズ教授(Kenneth Andrews)らによる『Business Policy: Text and Cases』(1965年)からだと言われています。

ボストンコンサルティンググループBCGのフレームワーク
BCGは1960年代から次々と新しいフレームワークを提唱しその多くが同社の成長に貢献しました。具体的には 経験曲線(エクスペリエンスカーヴ)、成長・シェアマトリックスとも呼ばれるPPM、アドバンテージマトリックス、タイムベース競争最近ではアダブティブアドバンテージなどがあります。

1970年代から1980年代 マーケティング、競争戦略という概念が注目を集める

これは73年79年の二度のオイルショックで世界的な低成長時代に突入し、大量生産の時代のプロダクトアウトから、マーケットのニーズやマーケットの構造から事業戦略を構築するという方向マーケットインの考え方への転換の必要性が高まったためであり、一方で限られたパイを奪っていかに競争に打ち勝って成長するかという競争戦略に注目が集まったのです。
そして大御所のポーターとコトラーが登場します。

フィリップ・コトラー(Philip Kotler)「マーケティングマネジメント」1967年

近代マーケティングの父と言われるマーケティングの大家です。顧客のセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングのSTP理論やマーケティングの4Pを広く普及させたことで知られます。

コトラーはマーケット上の自社のポジションによってとるべき戦略パターンを①マーケットリーダー②マーケットチャレンジャー③マーケットフォロワー④マーケットニッチャーの4つに分類して、戦い方はそれぞれ異なり、またそれだけで決まる、と提唱しました。

創発戦略学派のヘンリー・ミンツバーグ

ミンツバーグは70年代から企業経営は本来、非定型で、不確実なものであり、大きな方針だけ決めてとりあえず行動して後から修正を加えていく創発型(エマージェンス派)こそが現実的な経営戦略だと主張しました。戦略とはアートであり手作りのものだと呼びました(クラフティング型)。たとえば、戦略の成功例として語られた「アメリカでのホンダのスーパーカブの成功」は本当はたまたまホンダの社員が乗っていたものに人気が出たのが真実で事前の戦略など無かったという話が有名です。

競争戦略の時代 1980年代

マイケル・ポーター ハーバードビジネススクール教授

経営戦略界の大スターでありハーバードビジネススクールの看板教授でもあるマイケル・ポーター。
企業は儲かる業界に出るかどうか、そこでのポジションによって競争優位が決まるとするポジショニング学派の中心人物です。
5フォース分析、3つの基本戦略、バリューチェーン、最近ではCSVなど数多くの理論を提唱しています。
1980年の『競争の戦略』Competitive strategy: techniques for analyzing industries and competitors と1985年の『競争優位の戦略――いかに高業績を持続させるか』Competitive advantage: creating and sustaining superior performance が代表的著作です。

ポーターは元々経済学者で産業組織論を研究していましたがそれを経営学に適用しました。産業組織論とは業界の生産性について統計的実証的に分析する経済学の分野ですが、産業ごとに競争環境と競合状況を分析することでその業界の収益性が決まるのであるから企業が進出する際に企業は、市場の分析や競合分析を行って儲かりそうな業界に進出するべきだと主張したのです。

さらに企業がとるべき戦略はコストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略の3つしかない、と主張しました。
またバリューチェーン というフレームワークを提示して自社組織の機能分析の必要性も説きました。
つまりポーターは外部環境分析だけで自社のポジションを決めるのではなく、自社の組織や経営資源などの内部分析も含めて有利なポジションを決定できると考えています。
これらの理論は非常にわかりやすく使いやすかったこともあり経営者から絶大な支持を得ることとなったのです。

1990年代以降 リソースベーストビューと組織論が台頭

1980年代、企業は儲かる市場で優位なポジションを取れ!というポーターなどのポジショニング学派が隆盛を極めますが、米国企業の戦略がどこも同じような戦略となってしまい、勢いを失う一方で、日本企業の躍進もあり次第に「企業は自社の強みを生かして戦うべきだ。組織としての戦略の実行力が重要なのだ」というリソースベーストビュー派やラーニング学派と言われる人々への支持が集まります。

すなわち戦略の実行力に関心が移り、人材と組織の重要性に注目が集まりました。 

ジェイ B バーニーのリソース・ベースド・ビュー

企業の競争力の源泉はリソース、つまり資金、技術、ブランド、チャネル、人材、組織文化などにあるのだとして、VRIO(value/rareness/inimitability/organization)フレームワークを提唱します。

ゲイリーハメル と CKプラハラードの 「コアコンピタンス経営」

自社の強さ(コンピタンス)の中でも特に核心となる強さをコア・コンピタンスと命名し、自社の持つ経営資源に根ざした自社の強みを活かす経営戦略が最も有効であると主張しました。(1994年)
リソースベースドビューの考え方の中核となったのがこのVRIOフレームワークとコア・コンピタンスという二つの概念です。
また、マッキンゼーの7S、トム・ピーターズらのベストセラー「エクセレント・カンパニー」(1982年)が組織の重要性を指摘し大ベストセラーとなります。
さらに「リエンジニアリング革命」 「タイムベース競争戦略」、野中郁次郎先生の「知識創造の経営」と続きます。
このように90年代はバーニーを中心人物とするリソースベーストビューが台頭することになりポーターのポジショニング派と バーニーのリソースベーストビュー派の論争は激化していきました。

コンフィギュレーション派のミンツバーグ

その後、「時と場合によってはポジショニング派もリソースベーストビュー派もどちらの戦略も必要だ」というミンツバーグのコンフィギュレーション派が登場します。 つまり「戦略は組み合わせるものだ」としたのです。

1990年代後半から~2000年代  イノベーションとリーダーシップの時代へ

90年代後半からは先進国における景気の停滞と発展途上国のGDPの伸びが顕著になる中であらたに「イノベーション」に注目が集まるようになります。

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」

1997年クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」において破壊的イノベーションという概念が提唱されそれまでの大企業ではない別のプレーヤーによって市場を奪われてしまう過酷な現実が明らかにされます。
さらに「リバース・イノベーション」など市場が全世界へと拡大する中で経営戦略も激変する環境変化に対応することが必要とされてきます。

また企業の差別化あるいは他社による模倣困難性は、戦略の実行力にあり、それはつまり活躍する人材を生み出す組織(文化)や有能なビジネスリーダーをいかに育てるかが競争力の源泉であるとする考え方に注目が集まります。

ジョン・コッターのチェンジ・マネジメント 1988年

コッターはリーダーシップとマネジメントは異なると、急激な環境変化に対応しつつ、新しい大きなチャレンジを達成するためには変革型のリーダーシップが必要だと主張しました。そして「リーダーの掲げるビジョン」が最も重要であり、変革を実現する為の「変革の8ステップ」を提唱しました。

2000年~戦略論群雄割拠の時代 

2000年代に入りITバブルを経て、ITの進化と共にGoogleやFacebook、アマゾンなど米国シリコンバレーを中心として新しいIT企業が一躍世界のトップ企業に躍り出ます。
一方でリーマンショックや欧州国のデフォルトリスクの顕在化など世界中の企業が国際金融を中心に業績に大きな影響を受ける世界に突入しました。
そうした中で注目を浴びてきたのが従来にないイノベーションを生み出す新しいビジネスモデルの構築理論です。

たとえばブルーオーシャン戦略、プラットフォーム戦略(R)、フリー戦略などです。
<プラットフォーム戦略(R)は(株)ネットストラテジーの登録商標です>

また予測が難しい事業環境下でかつ自社が環境を変えることが困難な場合には、いかに迅速に環境に対応できるかが競争力の源泉だとするアダプティブ戦略や、実際の人間の行動を観察するエスノグラフィ(社会学におけるフィールドワークから社会や集団を調査する手法)によるプロトタイプ(試作品)の作成を行うデザイン思考など、試行錯誤のプロセスを重視する考え方が台頭してきています。

Google やP&Gで成功しているA/Bテスト(A/Bスプリットランテスト)はインターネット上で二つの案を実際に試してみて反応の良い方法を採用する手法ですが近年注目を浴びています。

「リーンスタートアップ」 2011年 エリック・リース
新規事業は、まずアイデアをだしてその後は「構築、計測、学習」というサイクルを高速回転することが大切だとします。まずはMVP(Minimum Viable Product)と呼ぶ試作品を作り、顧客の反応をテストしながら、難しいと判断すれば軌道修正(ピボット)をすることも必要だとしました。
なおリーンとはトヨタ生産方式であるリーンマネジメント(無駄を取り除く意)から取られたものです。

以上が経営戦略論の歴史です。時代とともに企業戦略論も変化していますが自社の状況を正確に把握して適切な経営戦略を選ぶことが大切だと思います。
さらに詳しく知りたい方は
カール教授のビジネス集中講義(1) 経営戦略  朝日新聞出版
経営戦略をご覧ください!

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